#109 クロスリアリティが繋ぐ社会
HIGHLIGHT
現代社会と交差するクロスリアリティ
最近よく耳にする、VR(仮想現実)、拡張現実(AR)や複合現実(MR)。そしてそれらを含むすべての没入型テクノロジーに加え、まだ開発されていないテクノロジーを総称したものがクロスリアリティ (XR)と呼ばれている 。
XR テクノロジーは、仮想世界と物理世界を融合、または完全に没入型の体験を創造することによって、私たちが体験する現実を拡張する。
2023年におけるXR市場の勢いは目覚ましく、なんと1年で23%もの成長を遂げた。
2月2日、AppleのMRゴーグル、Vision Proがついに米国で発売された。米国での販売価格は何と3500ドル。日本円だと約50万円ほど。Vision Proはかなり高価なこともあり、それに対応するアプリに期待が集まっている。
しかし、アプリ数は150個を上回る程度と予測よりも少なく、開発者にとってもコストがかかるため、売上を見込むのは難しい状況だ。さらに、大手プラットフォームであるNetflixなどがVision Pro向けのアプリ提供を拒否する事態も発生しており、これがXRプラットフォームの充実に悪影響を与える可能性も懸念されている。
今回はそんなXRテクノロジーがどのように活用されているのか、その発展分野として注目したい医療とフィットネスの観点から深掘りしたい。
👉 XR Trends: What is extended reality? (VATION)
OPINION
VRが人々の意識を変える
近年、新しいプラットフォームと手頃な価格のヘッドセットの登場により、仮想現実(VR)は急速に進歩しており、これまで以上にアクセスしやすいものとなっているが、このテクノロジーは私たちの生活をどう変え、社会問題に貢献するのだろうか。この記事では、医療やヘルスケアにおける事例を見てみる。
南洋理工大学(NTU)の研究者であるベンジャミン・リー氏は、仮想現実を用いて重要な社会問題に対する人々の認識を変える研究を行っている。リー氏のプロジェクトの一つは、臓器提供に対する意識を育むためのVRの製作である。このVR内では、ユーザーはベッドの横に座って苦しんでいる家族のVRシミュレーションを見て、さらに医師が臓器提供が彼らを救う最後のチャンスであると伝えるという状況を体験できる。このシミュレーションは、臓器提供という重要な選択を、より確信を持って行うのに役立つだろう。
また、VRの使用により、他者を理解し、人々の繋がりを深める事例も多く見られる。神学者であるジョン・ハルは、45歳の若さで視力を失った。彼の経験は映画「Notes on Blindness」内で詳細に記されているが、同時にリリースされたVRアプリ「Into Darkness」では、視覚障害を擬似体験できる。同アプリではヘッドセットを装着する事で、ハル氏が経験した、物理空間で自分の位置を特定できなくなったことなどの視覚を失ったことによるパニックを体験できるそうだ。
今後、このようなVR技術は急速に発展し、医療やヘルスケアの市場だけでなく、より我々の生活に身近なものになるだろう。しかし、現実生活とのバランスが取れない、依存症、目への悪影響など、VR使用の上で考慮すべき問題もたくさんあり、十分に気を付けなければならない。
筆者は、仮想現実ではないにしろ、数人の友達と夜な夜なオンラインでサッカーゲームをするのが日課となっている。このゲームでは、1人が1アバターをフィールド上の選手として操作し、皆で協力して相手チームと戦うのだが、いつかはこのゲームもVR仕様になり、テレビ画面ではなく実際に自分がその場でプレーしているかのように遊べるようになる日を楽しみにしている。
👉 USING VIRTUAL TECHNOLOGY TO SOLVE REAL-WORLD PROBLEMS (The Straits times)
誰もが活動的になれる社会へ
私たちはみな、悩みやハードルを抱えながら生きている。運動ひとつにしても、さまざまな原因からネガティブな印象も持つ人は少なくない。そんな中、バーチャルフィットネスは、誰もが活動的で「インクルーシブな社会」を実現するカギになり得る。
たとえば、ジムでの運動に抵抗がない人もいれば、自分の体型を人から見られたくない人もいるはずだ。実際、ジムでのボディシェイミング (体型への差別) は悲しいことに存在する。場所を選ばずに活動できるバーチャルフィットネスは、このような心理的障壁をなくすのに大きく貢献していくのでないか。
一方で下のURLで紹介するように、オーストラリアにあるフリンダース大学の研究者は、心身の発達にハンディキャップを抱える人々の運動にVRを使用したプログラムを開発した。彼らのほとんどは、健康のために推奨される最低限の運動量を満たせていないという。これは運動へのモチベーションが低いことに加え、特に地方に住む人々は運動施設やサービスへのアクセスが少ないことも要因だ。プログラムは、このような身体的・環境的な障壁をなくすことにも有用と見られている。
バーチャルフィットネスの市場調査によれば、2030年までの年間平均成長率は26.72%と予測される。今後はより多くの普及が見込まれるなか、VRが拓くインクルーシブな社会の姿に期待したい。
👉 New VR programme promotes exercise among people with intellectual disabilities (mobi health news)